はりきゅうふくた 丁寧な治療を心がけてます(鍼灸・福岡・早良区)

   お灸と鍼で病気を治す   

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東洋医学

病気には程度というものがある

病気,程度,風邪,癌

僕らは現代人ですから、普通の環境で育つと基本的に西洋医学・現代医学の考え方で育ちます。子供でも「心臓は血液を送り出すところ…」「胃は食べたモノを消化するところ…」という感じで解剖学的な事柄は色々な情報を得て知っていますし、その臓器の働きが悪くなると病気になると言う事も現代医学・西洋医学の基礎中の基礎として誰でも知っています。

でも、僕らに一つ欠けている事柄があるとしたら「病には程度というものがある」という考え方だと思うんですよね…。

「病気には程度というものがある」…と、頭では理解していても病名を聞くと、どうしても病気に関しての知識に引きずられるとでも言いますか…、病名を中心に物事を考えてしまいがちになり「病には程度というものがある」という事はどこえやら…。そういう考えは消えてしまうみたいです。

確かに現代医学は進歩しているので病気の判断基準がハッキリしているモノや、遺伝子解析で判断できるモノも増えてはいますが、判断基準が曖昧な病気も多いし、なかには診断はついて病名も判明するんですが、治療方法が無いというような病気も多いですよぉ~。

僕が鍼灸師になる前…、東洋医学とか鍼灸治療の事を勉強する前までは「今の現代医学は、随分進歩してるんだから、治せない病気なんて、もう少ないんだろなぁ~」なんて思ってましたが、この仕事をやり始めて今の医学の現状を知ると、治せない病気の方が多いんですよねぇ~。

まぁ~江戸時代や明治時代に比べると治せる病気は増えてますが、今でも治せない病気があるのは事実です。

チョット話が脱線しました…
「病気には程度というものがある」…ですが、

例えば癌という病気があります。癌という病名を聞くとラスボス(ゲームでいう最終的な局面で出てくる強いボスキャラ)が出てきたイメージが強いので、病気に関しての知識に引きずられ、病名を中心に物事を考えてしまうと思うんです。(※注意:僕は鍼灸治療で癌が治るとは思ってませんし、鍼灸治療で癌が治るという話ではありません。)

ただ、病気には程度というものがある訳ですから、癌にも軽いモノもあれば重い物もある…、弱いモノもあれば強いモノもある…。と考えます。時々本屋さんで「絶食したら癌が消えた…」とか「湯治に行ったら癌が治った…」といような本を見かけますが、癌専門のお医者さん曰く「あれは癌ではなく、癌もどきだ!治療しなくても治る良性の腫瘍を誤診しただけの話…」と言われたりもしますが、誤診された側にとっては迷惑な話だと思うんですよねぇ~。

「風邪」って、病名を聞いたら軽い病気のイメージを持ちがちですが、こじらせて肺炎でも併発したら命に関わる事になりますし、昔から風邪は万病の元と言われるように、風邪が元で色々な病気になりかねないモノでもあるので、風邪を軽く考えるのもどうかと…思うんです。

このブログで再三再四、言ってますが…
「病には程度がある…」

風邪にも重いモノもあれば軽いモノもあり、癌にも重いモノもあれば軽いモノもある。
共通して言える事は、軽いモノは比較的に身体の自己治癒力で治ると言う事なんですよねぇ~。

健康な人の身体でも癌細胞は1日に5000個くらい出来ているんですが、免疫細胞が癌細胞を攻撃してくれるので癌を発症せずに生活出来ているという事を考えれば、病気の知識や病名で物事を考える前に、病には程度があるものなんだから、もしも病気を患って病名を告げられても、この病気は、どの程度のものなのか?三段階に分けるとするならば、重いのか?軽いのか?中間くらいなのか?…という思考を巡らせた方がいいように思えるんですよねぇ!

これは患者さんへのアドバイスでもありますが、鍼灸師もこの考え方を持つべきだと思うんです。

僕の勝手な思い込みかも知れませんが、鍼灸治療の場合は…身体の治癒力を手助けする治療なので、病名は関係なく、病の程度で言うと「軽~中の中」くらいの病が守備範囲のような気がしますし、漢方薬は「~中の下」くらいが守備範囲のような気がします。重い病に関しては、やはり現代医学の方が優れているとは思いますが、優れているとは言っても、治せない病気も山のようにあるのが現実です。

そう考えると、やはり自分の身体に備わっている自己治癒力で治せる内に治しておいた方が得策だと思うんですよねぇ~。その自己治癒力を手助けする鍼灸治療は、やはり重要な役割を担っている治療法だと思うんです。

お腹を整える。

明智光秀,レビー小体

昔の東洋医学や鍼灸関係の本を読んでいると、必ず「肚を整える…」というような事が書いてあります。

腹?…肚?

簡単に言えば「腹」は常用漢字で「肚」は常用漢字では無い…。ただそれだけの違いなんですが、肚は心の中の事も含んでいて、「色々あるが肚に収めて水に流す…」というような時に「肚」という漢字を使いますし、胃腸の事も「肚」なんですよねぇ~。

先日、友人が「TVでやってたんだけど明智光秀って、レビー小体型の認知症だったっていう仮説があるらしいよ!」と教えてくれて、「へぇ~」って思った事がありました。友人が言うには、信長が家康を招いた時に接待役の光秀が出した、なれ寿司の臭いに、あれだけ気配りに秀でた光秀が気づいてなかったとしたら、レビー小体型認知症特有の臭覚障害があったのでは?という事と、戦勝祈願をした神社で、おみくじを何度も引いた逸話は、視覚の空間認知障害があったのでは?…とか、チマキを包んである笹を外さずに食べた記録に関しては、脳の処理能力の低下なのでは?という話でした。

それと、光秀は本能寺の変を起こす6年前に「風痢」という、今で言うウイルス性の腸炎のような病を患い生死をさまよった事があるらしく、専門医の話だと、レビー小体は腸で形成され、腸から神経を上がって行って脊髄に入って、中枢に至る可能性が高いらしいんですゎ!

色々な状況証拠から推察するに、光秀はレビー小体型の認知症だったのでは?という話なんです。

なるほどなぁ~…

一昨年に義父がレビー小体型の認知症で亡くなったので、アルツハイマー型とレビー小体型の認知症の違いは知ってましたし、確かに…、義父の視覚の空間認知障害や、幻視や、脳の処理能力の低下していた姿を思い出すと、光秀がレビー小体型の認知症という仮説も頷けます。

しかし…レビー小体が腸で形成されている可能性が高いって事は知りませんでしたねぇ~。

昔のお医者さんは、こんな事までは知る術も無かったでしょうに、「肚を整える…」という事を基本に治療していた歴史をみると「凄いなぁ~」って思っちゃいます。

灸頭鍼の艾玉作り

灸頭鍼,お灸,艾,福岡

久しぶりに灸頭鍼の時に使う艾玉作りにいそしみました。
ラジオなどを聴きながら、こういう単純作業をするのって…なんか好きなんですよねぇ~。
出来た艾玉をカメラで接写してみると、なんだか電子顕微鏡で見たウイルスのようにも見えてきます。
(密集恐怖症の人には嫌な映像かも… (^-^;) )

灸頭鍼って鍼の柄の所に丸めた艾をくっつけて燃やすんですが、ほどよい暖かさが、何ともいえない気持ちよさを感じさせてくれます。心配性な人は「落ちたら火傷しちゃうじゃん!」と言う人もいますが、艾は炭化する際に凝縮するので鍼の柄にくっつく感じで燃え尽きます。なので落ちることはありませんし、特に僕が使っている灸頭鍼用の艾は、他の灸頭鍼用の艾とは違い凝縮化しやすい艾なので心配いりません。だから安心して灸頭鍼の治療を受けられて下さい。

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心医

宮廷医官への道,,ホジュン,ユウィテ

まだ開業して1年目の頃…たぶん15年くらい前だと思いますが、同業の大渡先生が「この本、面白いですよ!」と韓国の東医宝鑑を書いたホジュンを題材にした小説を貸してくれたので読んだんですよぉ~。コレがまた…分厚い本で…1ページに小さい字で上段と下段に印刷されてる本でした。

最初は本の厚さと文字の小ささにビビっていたんですが、読んでいくうちにハマっていって、結構、楽しく読んだのを覚えています。

読んで数年してから『ホジュン~宮廷医官への道』というドラマがTV放送されて、それも見てたんです。今、またリメイクされて『ホジュン~伝説の心医~』というドラマが放送されてるみたいですね!…リメイク版は見てないけど、昔のは何回も見た覚えがあります。

実は、先日テレビのチャンネルを何気なくザッピングしていたら、昔のホジュンが放送されていて、僕が一番好きなシーンだったんですよねぇ~。

師匠のユ・ウィテが心医とはどういう医者かという事を息子に説明するシーン…

「神・声・工・巧 は経験をつめば誰でも到達できるが、それを順に成したとしても患者の痛みを共に感じる心がないなら、ありふれた医者だ…。医療は技術ではない。患者を思う心…、心医になれぬようなら医者とはいえない。」

というセリフ。

それと、弟子のホジュンにユ・ウィテが末期の胃ガンのの患者を託すシーンで…

世の中には医者が治せない病の方が多い。苦悩と挫折を経験すれば何か感じるだろう。医者は病に怖れを持ってもいけないが、安易にすべて治せると傲慢になってもダメだ…。

…と語るセリフ。

僕は医者ではなく鍼灸師ですが、このユ・ウィテのセリフは、病を治す者の心得…、とでもいいますか…。好きなんですよ…このセリフ。いつも心の片隅に留め置いている言葉なんです。

「病は気づき」に近いものを感じる

反省させると犯罪者になります

先日、『反省させると犯罪者になります』という本を読んだんです。

本のタイトルって人目に付くような…、人を引きつけるようなタイトルを付けるのが常套手段なんですが、この本もその類いかな…と思いながらも手に取って、まえ書きを読んでみたんです。(もうこの時点で術中にハマってると言えばハマってるんですが…· (^-^;) …(苦笑))

読んでみると合点がいく事ばかり…

なんでも、反省はその場しのぎの手段としか認知されず、いくら反省文を書かせたところで、反省すべき本人は上辺だけの上手な反省文を書く術を身につけるだけで、まったく何の役にも立っていないどころか、反省させ続けると本人の危険度というか、やってはいけない事に対する閾値が低くなると同時に、自分を抑圧する事が常となるので、気持ちが爆発しやすくなり再犯率が高まるとの事でした。

本当にその時にやるべき事は、反省させる事ではなく、なぜそういう行動をしたのか?…と、自分の内面と向き合わせると同時に、自分の内面の問題と対峙させ、自らマインドを再構築させる事らしんですよねぇ~。

何となくですが…コレって「病は気づきである…」と似てるような気がするんです。

病気を発症している事に気がつくというのではなく、病気になる事で自らの生活習慣や、人に対する態度を改めるターニングポイントとして『病』がある…。というような感じで「病は気づきである」という言葉が使われるんですが、本来、病気を治す時に一番必要な事は、患者さん自身の「気づき」だったりするんですよねぇ~。

再三再四、このブログで書いてる事ですが、どの病気にも程度というものがあります。なので重い状態だった場合、患者さん自身が病により「気づき」を感じて生活習慣を改めても手遅れな場合もありますが、軽い状態の場合は「気づく」事で良い方向に向かう事が多いんですよね!

僕は常々、医療が体を治すのではなく、体が自らの病気を治そうとしているのであって医療はサポートしてるだけだと考えています。なので病気を治す為には「気づき」が、とても重要なポイントになるんですよね!

しかも…早めに「気づく」事が大切なんです。
東洋医学で「未病を治す」という言葉があります。まだ病気になっていない前段階で、病気になるのを防ぐという事なんですよね!

病気になっていない前段階って何???と思われるかも知れませんが、簡単に言えば、肩や首のコリや体の疲れが病気の前段階と考えていいので、コリを取ったり、ほぐしたり、疲れを取る事がとても大事なんですよ!

話はだいぶズレちゃったけど、反省文を書かせて反省させるという行為は「ただ薬を飲んで症状を取ればそれでいい…」というような考え方と同じような気がするんですよねぇ~。

やはり、なぜ病気になったのか? なぜ肩が痛いのか? なぜ胃が痛いのか?…と言うことを患者さん自身が考えて「気づく」事で身体のベクトルが治る方向に向くので、サポートしている医療の効果も高まるんだと思うんですよね。

中庸

中庸,健康,鍼灸

どちらかというと、僕は患者さんと話しながら治療する方だと思うんですが、さすがに話したくないオーラを出してる患者さんに対しては、寡黙な鍼灸師を演じながら治療しております(苦笑)

先日、知り合いの鍼灸師の紹介で鍼灸師の先生が治療を受けに来られて…2回目の治療だったので、ある程度打ち解けて鍼灸の話や色々な事を話しながら治療をしていたんです。その中で『中庸』という話になり、結論として「中庸である為には色々な事を知っていないと、考えが偏りがちになるから、色々な事を知っておかなければいけない…」という事で意見が一致したんですよねぇ~。

中庸って「偏らない」っていう事で使われる事が多いんですが、時々、平均とか中間とか、真ん中という感じで捉えられて使われる事もあるみたいなんですけど、それはちょっと違うらしいんですよね…。

なので…何かを決める際に「偏りなく普通の感覚で物事を判断する。」…というのが中庸な考え方なんでしょうけど、この世の中、何か変化を起こさなければいけない時は中庸ではいられないのかも知れない…とも思うんです。

でも…急激な変化は必ず歪みを生みますから、本当は中庸な考えでマイナーチェンジを繰り返す方がいいんだけれど、もう崖っぷちで後が無い場合は急激な変化をせざるを得ない…。もしくは諦めなければいけない場合は中庸な考え方ではいられないと思うんです。

どちらかというと病院での投薬治療や手術は急激な変化を求める事に近いので、健康を維持するためには中庸な考えでマイナーチェンジを繰り返す方がいいから、出来るだけ鍼灸治療を日常生活に取り入れ、患者さん自身もセルフケアに努め、日々の疲れを解消していくのがベストだと思うんですよねぇ~。

” 流派 ”って何?

ホントに朝、布団から出るのが辛くなってきましたね!
今日で11月も終わり…
明日から本格的に…、否応なく…、年末がやってくる…そんな感じです。

今年はどんな年だったんだろうか?…暑かった。…自然災害が多かった。…相変わらず政治家が馬鹿っぽく見えた。(あっ!これは毎度の事か…· (^-^;) )

昨夜、風呂に入ってボォ~としてたら頭の中で「心意気は伝承するけど、技術はパーツなので技術の伝承は無い…」とするならば…· (^-^;) ” 流派 ”って何?…心意気を伝える集団?それとも自己顕示欲のあらわれ?… (´∀`;)  端から見てると流派に拘ると他が見えなくなる。…または他を批判し始める。そういう風潮がみてとれるんですよねぇ~。人を治療する場合、パースペクティブ的な視点といいますか…、多角的な視点で判断しないといけないので、一つ事に執着するのは、あまり好ましくないように思えるんですが、何かに属していると安心感を得られる事は間違いないでしょう…(苦笑)

「一つ事を極める事は一つ事に執着する事だ…」…と勘違いしちゃうと、視野が狭くなり流派に固執するようになるのかもしれませんねぇ~。でも個々で出来ることって知れますし、何か事を成す時は集団で動かないと、物事は動きませんし…。一長一短ですなぁ~。

先日、サンプルでもらったセイリンの5番3寸が意外と使いやすかったので4箱ほど買うてみました♪ 他の鍼と違ってちょっと値ははりますが、使い勝手がよさそうなので良しとしましょう!… ( ̄▽ ̄;)

インナーバランス(精神面や内臓のバランス)を整える

 

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頭が痛くて…
喉が痛くて…
胃が痛いんです。

…と、患者さんが訴えると、普通の人なら「頭痛薬と喉の薬と胃薬を飲めばいいじゃないの?」という考えになると思います。鍼灸師でも、この普通の考え方で治療してる鍼灸師の場合は、頭が痛いなら頭痛に効くツボ…。喉が痛いなら喉痛に効くツボ…。胃が痛いなら胃痛に効くツボに鍼やお灸をすると思います。

症状が軽く、身体の治癒力はしっかり働いてはいるけど、ここのところちょっと無理をしちゃって…頭痛が…とか、ちょっと胃が…という感じであれば、頭痛に頭痛薬、胃痛に胃薬、頭痛に効くツボ、喉痛に効くツボ、…という治療で治ってしまうものなので、それはそれで問題はないんです。

でも…慢性疲労みたいな感じで、若くても毎日の仕事や生活での疲労が取れず、体力が低下していたり…、歳を取るにつれ自己治癒力が低下してしまっている人が「頭が痛くて…喉も痛くて…胃も痛いんです」という症状になった場合、各症状別に薬を処方されると最低でも頭痛薬、風邪薬、胃薬、と3種類の薬を飲まなければいけなくなっちゃいます。…もしも、その患者さんの血圧が高かったりしたら血圧の薬もプラスされますし、血液をサラサラにする薬を常に飲まれている方も多いですよね!

特に現代医学の薬は症状を即座に取る側面が強い分、長期間服用すると諸刃の剣的な副作用が出ることも多いので、体力が低下してる方は、多くの薬を飲むことを躊躇されている方も多いと思うんです。

東洋医学や漢方や鍼灸の考え方では、なぜ頭痛や喉痛や胃痛が起こっているのか?という事に重きを置いて鍼灸の治療をしたり漢方薬を処方したりするものなんですよねぇ~。

頭痛や喉痛や胃痛などの症状は身体が発しているサインであり、インナーバランス(精神面や内臓のバランス)を整える事で症状を取り去り治していきます。(先日読んだ『知識ゼロからの薬膳入門』という本で、異病同治や同病異治がインナーバランスという言葉で説明されていて、とても分かりやすかったので、今からはインナーバランスという言葉を使いますね ♪ )

漢方薬は基本的にインナーバランスを整えるためのものなので、症状が違うのに同じ薬を処方されたり、症状が同じなのに隣の人と違う薬を処方されたりするものなんですよ。ですから、漢方医が漢方薬を処方する場合は、現代医学の薬のように症状別に漢方薬が処方され、種類が違う多くの漢方薬を飲まなければいけないという事はないと思います。(ただ症状の変化により処方が変わることは多いと思いますけどね…。)

鍼灸もインナーバランスを整える事に重きをおく治療なので、患者さんからすれば「頭が痛いのに、なんでお腹に鍼をするの?」とか、不思議がられる事も多いとは思いますが、これってインナーバランス(精神面や内臓のバランス)を整えているんですよねぇ~。

ただ、インナーバランスは漢方薬や鍼灸治療で、すぐに変化を起こせるものではないんです。インナーバランスに変化をもたらす一番のファクターは、患者さん自身の生活パターンの改善だったり、食事の改善だったりするんですよぉ~。「うわぁ~それが出来てりゃ~苦労しないよ!( ̄▽ ̄;)」って苦笑いしてる人も多いかもしれませんが…(;^△^)漢方薬も鍼灸治療も健康への道筋をサポートして誘う役割しか出来ないので、健康への道を歩み出すのは患者さんの身体自身なんですよねぇ~。

そこを十分理解して、治療の選択をしないと「あの病院に行ったけどダメだった!!」「あの鍼灸院に行ったけどダメだった!」「あの薬を飲んだけどダメだった!」と、負のスパイラルに陥ってしまう事になるんですよね!

『知識ゼロからの薬膳入門』という本

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『免疫力があなたを殺す』という本を買ったときに、一緒に買ったのが『知識ゼロからの薬膳入門』という本。
『読む漢方薬』『免疫力があなたを殺す』と同じ作者の本なんですが、なんだか…村上さんの文章って書き方に暖かみがあるというか、引き込まれる感じなんですよねぇ~。

「安全を守る為に大切なのは身体に良い食べ物を食べる事ではなく、身体に合っていないものを避けるという考えが大切…」

…という事が書いてあり、読んだ僕は激しくうなずく…(゜゜)(。。)

僕も、仕事柄、頭が痛い…。腰が痛い…。身体がだるい…。という訴えに対して、痛みを取る事よりも、なぜ痛むのかを考えるべきだと思っているんです。

あっ!そうそう!この本に中で、インナーバランスという言葉を使って「異病同治・同病異治」を分かりやすく解説してくれてました。今、鍼灸学校に通ってる学生さんは、この本を読んだ方がいいんじゃないかな?「異病同治・同病異治」の理解が深まるよ!

「身体に良い作用よりも、悪い作用の方が強く早く出やすいから、悪い習慣がある場合は一方で良いことをしてバランスを取るよりも、悪い習慣をスパッリやめてしまう方がいい…」

…って書いてありました。臨床をしてると、これって凄く感じますねぇ~!コレに対しても激しく同意です!その通~~~~り!(゚ェ゚(。_。(゚ェ゚(。_。*)コクコク

「気」についての話をしましょう…

気,鍼灸

「気」…。

鍼灸は「気」の医学でもあると言えるんですが、この「気」という代物…、「気っていったい何ですか?」と問うても、「元気…とか、空気とか…、僕らの周りにはいっぱい「気」が存在してるじゃないですか!」…と、なんとなく歯切れが悪い感じで、分かったような…分かっていないような返答しかされなかったイメージがあるんですが、確かに「気」を説明しようとすると、「あっ!コレですよ!」とは答えにくい代物ではあります。

鍼灸や東洋医学と「気」って切っても切れない関係と言うか、「気」を理解してないと鍼灸の良さは発揮できないと思うので、時々、問診や治療中の雑談で、患者さんに「気」の話をしようとすると、「なんか…怪しい話をし始めたぞ!」と警戒されたり…(苦笑)、「あぁ~…あの気功で師匠が弟子に触れずにハッ!って飛ばしちゃうやつでしょ!」と真剣に話を聞いてくれなくなるので、極力「気」という言葉を使わずに東洋医学的に診た患者さんの身体の状態を説明するようにしているんです。

でも…やはり「気」という言葉を使った方が、話も早く終わるので、僕が「気」という言葉を使って説明する時には必ず「気はエネルギーだと考えてください!気を感じたり見えたりするという特殊な能力?を持った人は時々いたりしますが、常識的に考えて、僕を含め…「気」は一般人には見えないものですし、感じる事もありません。エネルギーも見えたり感じたりする人はいないけど、ジュールとか身近なところだとカロリーとか数値化されてたりしますよね!気=エネルギーだと考えると分かりやすいと思うんですけど…」と一言、付け加えてます。

…ん?待てよ…????(-“-)????
エネルギーを数値化出来るならば「気」も数値化できていいんじゃない?

エネルギーを証明した人って誰だ?
…って思ったので、軽くググってみると19世紀頃から色々な人が色々な事を言い始め、アインシュタインが「すべてはエネルギーで成り立っている」と  E=mc²  という数式でエネルギーと質量の関係を証明した…とある。

アインシュタインかぁ~、あの、あっかんべ~のオジサンね!…確か福岡にも来たことあるって、誰かが言ってたっけ…物理学かぁ~…難しそうだな…

わずかな質量のものでも膨大なエネルギーを秘めている…と証明した式が E=mc² らしい… ”o(-_-;*)

別な解説を見ると「物質という言葉の中には「物=見えるもの」と「質=見えないもの」のが含まれている」…とある。

この辺までは理解できるのだけれども…、後の解説を読んでも難しすぎて…正直…わからん!…  ┐(´Д`)┌
数値化云々に関しては、ここまでが僕にとっての限界なのかもしれません。

でも、まぁ~エネルギーは存在するものですし、昔の人はエネルギーを「気」という言葉を使って表現していたと考えると、決して「気」は怪しいものではないと考えて良いと思います。