はりきゅうふくた 丁寧な治療を心がけてます(鍼灸・福岡・早良区)

   お灸と鍼で病気を治す   

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医療

ある程度の環境を整える

自粛疲れ

2016年に玄関先に植えたイワダレソウ…。
芝生みたいにグランドカバーのようになってる予定でしたが、2年ほどは広がってグランドカバー状態になってたんですが、4年経つと元気に育ってる場所があれば、そうでもなくペンペン草の方が幅をきかせている場所もあり、なかなか思い通りに育ってくれないものだなぁ~…と思いながら雑草取りをしてましたら、ある事に気がつきました。

イワダレソウが元気に育っている場所は土がサラサラしていて水はけが良い土壌で、イワダレソウに元気が無くペンペン草が生え放題の場所はどちらかと言えば土が粘土質な感じなんです。

そうか…イワダレソウは水はけが良い場所が好きなんだね!

確かに、植えた当初は芝用の砂をホームセンターで買ってきては、小まめに手入れしていたけど、去年は暑くてな~んにもしてなかったからなぁ~。

やはり自然任せも良いんですが、ある程度は人間が手を加えてやって環境を整えてやらないとダメだと思ったんですよ!

人間の身体も同じで、自然に任せて老いていくのは生き物として当然の事なんですが、ある程度、環境を整える事で健康でいられる時間も増えるはずなんですよね!

…と言う事は…。日頃から運動して、疲れたり背中や肩や首が痛くなりそうになる前に、定期的に鍼灸治療で身体の環境を整えてやる事って、植物にとっての土壌作りや環境作りと同じだとおもうんですよねぇ~。

近頃はコロナウイルスの影響で、お年寄りも寄り合いの場所がなくなり、運動不足で体調を崩し気味になっているみたいです。もしかしたら、今後、「自粛症候群…」…というような病名が生まれてカルテに「自粛症候群」ってお医者さんが書くようになるのかも…なんて思っちゃいますが、こんな時だからこそ身体の手入れは怠らないようにしましょうね!

心医

宮廷医官への道,,ホジュン,ユウィテ

まだ開業して1年目の頃…たぶん15年くらい前だと思いますが、同業の大渡先生が「この本、面白いですよ!」と韓国の東医宝鑑を書いたホジュンを題材にした小説を貸してくれたので読んだんですよぉ~。コレがまた…分厚い本で…1ページに小さい字で上段と下段に印刷されてる本でした。

最初は本の厚さと文字の小ささにビビっていたんですが、読んでいくうちにハマっていって、結構、楽しく読んだのを覚えています。

読んで数年してから『ホジュン~宮廷医官への道』というドラマがTV放送されて、それも見てたんです。今、またリメイクされて『ホジュン~伝説の心医~』というドラマが放送されてるみたいですね!…リメイク版は見てないけど、昔のは何回も見た覚えがあります。

実は、先日テレビのチャンネルを何気なくザッピングしていたら、昔のホジュンが放送されていて、僕が一番好きなシーンだったんですよねぇ~。

師匠のユ・ウィテが心医とはどういう医者かという事を息子に説明するシーン…

「神・声・工・巧 は経験をつめば誰でも到達できるが、それを順に成したとしても患者の痛みを共に感じる心がないなら、ありふれた医者だ…。医療は技術ではない。患者を思う心…、心医になれぬようなら医者とはいえない。」

というセリフ。

それと、弟子のホジュンにユ・ウィテが末期の胃ガンのの患者を託すシーンで…

世の中には医者が治せない病の方が多い。苦悩と挫折を経験すれば何か感じるだろう。医者は病に怖れを持ってもいけないが、安易にすべて治せると傲慢になってもダメだ…。

…と語るセリフ。

僕は医者ではなく鍼灸師ですが、このユ・ウィテのセリフは、病を治す者の心得…、とでもいいますか…。好きなんですよ…このセリフ。いつも心の片隅に留め置いている言葉なんです。

本気で治そうとすると恨みをかう…事もある。

「治れば感謝され、治せなければ恨まれるのなら分かるけど…何で?」って疑問に思う人も多いと思いますが、時々ですけど臨床をやっていると「これ以上、足を踏み入れると恨まれるかもしれんな…」…というシチュエーションに出くわす事もあるんですよねぇ~。

鍼や灸をすることで治る症状なら、恨みをかうことは無いと思いますが、体調不良の中には「こりゃぁ~根本的な生活パターンとか思考を変えないとダメだな…」と感じる体調不良もあるんですよねぇ~。こういった場合は患者さんのパーソナルな部分まで足を踏み入れる事になりますから、いくら治療とは言え、人によっては他人に立ち入って欲しくないっていう人もいるわけです。

まぁ…ズカズカとパーソナルな部分に土足で入って来られると、誰でも嫌な気分にはなりますが、気を使いながらパーソナルな部分に入られても、あまり良い気分にはならないと思うんですよぉ~。

あぁ~…そう言えば、貴乃花が現役の時に鍼灸師に洗脳されて云々…ってワイドショーで話題になってたけど、現役を引退した後の貴乃花の言動やらトラブルをみると、その貴乃花を治療していた鍼灸師も「こりゃぁ~鍼や灸だけじゃ治らんな…」と思って、貴乃花のパーソナルな部分に立ち入ったのかもしれませんねぇ~。(まぁ~僕の勝手な想像ですけどね…)

規模は違いますが、先日、亡くなったペシャワールの中村医師も、医者として患者に薬を出し、注射をしていれば、医者としての本分は全うしている事になるわけですが、アフガニスタンの患者さんを治すには薬や注射じゃ無理だと思ったんじゃないでしょうかねぇ~。川を作り土を耕し、この国の人の意識を変えないと、どんどん患者は増えていく。…と、本気で思って治そうとしたから、恨みをかい、こういう結果になってしまったようにも思えるんですよ。

人として…恨みをかう事が良いことなのか?悪い事なのか?
道徳の授業のお題のようでもあるし…禅問答のようでもある。…すぐに答えは出せないんですが、人を傷つけること無く解決するのが一番、ベストな方法なんだけれども…、恨みをかうと暴力的な事になりがちなのも世の常なんだよなぁ~

難しいゎ… ( ̄へ ̄|||)

打撲や手術痕

打撲,風呂で尻餅

先日、半年前にお風呂で尻餅をついてしまい、それ以来、座ると尾骨の辺りが痛くて座れないという患者さんが来られました。病院でレントゲンを撮っても骨にも異常が無く、日常生活でも難儀されているとのことでした。

打撲の場合、よくあることなんですが、皮膚表面から見える青タンの出来る内出血もあれば、皮膚表面からは見えない深部で起こる内出血もあるんですよね!

おおよそ、内出血でも外傷でも治る過程として、

1.まず出血を止めるために血液が固まりキズを塞いで止血効果をもたらします。…いわゆるカサブタですね!

2.その後、炎症期と言われる状態になり炎症性の細胞と呼ばれる好中球とか単球とかマクロファージという細胞がキズの周りに集まり壊死した組織を攻める?…排除?したりします。…修復しやすいように工事現場を整理するイメージでしょうか…。

3.そして、その後、修理屋さんの繊維芽細胞が出てきて新しく血管を作ったり肉芽組織を形成したりして、コラーゲンが十分に生産されると、修理屋さんの繊維芽細胞が、段々、少なくなり傷跡も修復される。

…という流れなんですが、打撲した部分が関節部分だった場合、骨と骨がくっついている部分は、もともと血管が無い場所なので、修理屋さんの繊維芽細胞は血管を作る事をせずに繊維状の物質だけでキズを修復しようとします。いわゆる繊維性の軟骨のようなものを形成するんですが、その時に周りの神経を巻き込んでキズを修復してしまうので、座った時…お尻に体重がかかった時や、仰向けに寝てお尻に体重の圧がかかった時に痛みを感じてしまうんですよ!これは、腰の手術をして手術痕が痛むという人にも、同じような理由で痛んで日常生活に支障をきたす場合があります。

こういった場合、局所に血液を送り込み繊維化している所を時間をかけてほぐしていく必要があります。いわゆるコリを取ると言うことです。ただ、一度、繊維化したコリをほぐすには、ある程度の時間がかかります。打撲の程度にもよりますが、最低でも3ヶ月、もしくは半年は必要でしょうねぇ~。御自宅で出来る対処法ですが、要は血液を患部に送り込む事が重要なので、お風呂に入る時は湯船に浸かって、毎日、身体を温めると治りは早まると思います。

ちょっと気長な治療になりますが、焦らずに治していきましょう!

身体にも治る時間を与えてあげて下さい。

治癒

早く治したい…。
早くこの痛みを取りたい…。
この辛い痛みを何とかしたい…。

…と、いう気持ちは分からなくはないですが、身体にも治る時間を与えてあげて下さい。
仕事を覚えたての人に、すぐに仕事の結果を求めても、良い結果は、すぐには出せないものです。

切り傷でも傷口が塞がって、キズ痕が無くなるまでには、数ヶ月かかります。
痛みや体調不良もキズが治るのと同じで時間が必要なんですよねぇ~。

だから、焦らないで身体にも治る時間を与えてあげて下さい。

「2割~3割、治れば御の字」…について考える。

治癒,過程,

最近、国家資格を必要としない揉み療治系やヒーリング系のチラシを色々なお店のレジ横で目にする事が多いんですが、時々「病院が諦めた痛みを完治させます」…というようなキャッチコピーが書かれていたりするんですよね。

こういうキャッチコピーは、人の目を引くには、もってこいの言葉なので、キャッチコピーとしての効果は大きいんでしょうが、鍼灸師の僕としては「このチラシを作った人って、本当に人の身体の事を理解しているのかな?」って思っちゃうんですよね!

以前、あるお医者さんと話をしていて、その方が「最近の患者さんは病院に来て治療を受ければ機能が100%回復すると思っている人が多すぎる! 正直、2割~3割治れば御の字と考えないとダメですよ!」と言われてました。

「2割~3割、治れば御の字…」という言葉の真意は「老化を止める事は出来ない…」という事なんですよね。身体の疲労が原因で起こる場合の病気は、治療や薬で身体が本来持ち合わせている回復能力を鼓舞し、機能が100%回復する事もありますが、老化が原因で起こる場合の病気は2割~3割、治れば御の字…と考えるべきなんですよね!

いくら医学が進化して…ips細胞で臓器を作る事が出来るようになっても、老化を止めたり、人が死ななくなる事はないと思います。

それでも、2割~3割の回復では満足いかない人達は、強い薬を使ったり、身体にメスを入れて無理な治療にチャレンジしたりするんですが、老化は止められないので、次第に医療に不信感をいだくようになり、最終的に「病院が諦めた痛みを完治させます」…というキャッチコピーに期待をいだくようになる。…そんな図式でしょうか…。

「どこに行っても治らないので…」と、鍼灸院に来られる患者さんも、現代医学の医療に不信感をいだいていらっしゃる方も少なくはないんですが、いくら数千年の歴史を持ち合わせている鍼灸治療でも「老化が原因で起こる病気の場合は2割~3割、治れば御の字…」というのは変わりません。

しかしながら、飛行機が着陸態勢に入って、その機体を上手にランディングするかの如く、老いていく身体に合った動作が出来るように手助けするには鍼灸治療はとても適している治療です。

真摯に病気と対峙していれば、気軽に「病院が諦めた痛みを完治させます」…という言葉は使えないはずなんだけどなぁ~。

患者さんにとっては自信なさげに感じるかも知れませんが「2割~3割、治れば御の字…」という言葉を言えるお医者さんって、僕からすると信頼出来る人のように思えます。

多様性の低さを感じる言葉

病気をしない暮らし

以前、読んだ本で 『(あまり)病気をしない暮らし   ~読んで笑って医者いらず!~    』 という本があります。
ダイエットの事とか…飲酒に関してとか…癌の事に関して分かりやすく、本音が書いてあるなぁ~って感じれる面白い本です。

本音が書いてあるからこそなのかも知れませんが、この本の項目に 「代替医療を疑え」 という項目があったんですよ!そのなかで「エビデンスのない治療法に身をゆだねるのは、あまりに危険すぎると思いませんか?」と書かれていました。たしか…前作の 『こわいもの知らずの病理学講義』 でも “がんもどき” や ”瀉血” に関してボロカスに書かれていたように記憶してるんですが、この本の著者の仲野先生は、ノーベル賞の本庶先生の研究室にも在籍されていたらしく、最先端医療に携わる現代医学のお医者さんだから代替医療という枠組みに属している医療が古くさく見えて、代替医療なんか認めないというスタンスになるんだろうなぁ~。

著者の経歴を知ると、あぁ~ね…「代替医療を疑え」…と言うのも、然もありなん…って感じですな…。

僕は、前作の本と、今回の本と…結構、本音が書いてあって面白いなぁ~と思うし、もしも機会があれば仲野先生の講義など聴講できたら面白そうだなぁ~って思うんですが、「鍼灸師をやってます…」って言おうものなら、眉間にシワを寄せられそうですなぁ~。鍼灸や東洋医学は代替医療の括りになってますからね…(苦笑)

まぁ~僕自身も「癌の治療を代替医療のみで…」…などとは思っていませんし、適材適所というか…その状態や症状にあった治療を行うべきだと思います。

ちょくちょく、このブログにも書いてるんですが、東洋医学とか鍼灸治療の思考は概論的な側面が強く、現代医学は各論的な思考で治療するものだと思うんです。なので概論的な意見と各論的な意見がぶつかり合っても、結果的に双方が「お前らは何もわかっていない!だからダメなんだ!」 という感じで話は平行線…って事が多いものなんですよね!(まぁ~基本的には、お医者さんの方が専門的知識も豊富だから、各論的思考が概論的思考をやり込めるって感じになっちゃいますけどね…)

僕も本音を言うならば、著名な先生が本で 「代替医療を疑え」 …って書くのはどうかな?…って思うんです。僕ら鍼灸師が読んだら 「あっ!また現代医学の偉い先生が何か仰ってるのね…」 って思いますが、一般の人が読んだら 「ノーベル賞を取った先生の研究室に在籍していた偉い先生が「代替医療を疑え」って言うんだから、やっぱ代替医療(鍼灸)って怪しい治療じゃん!」 って思う人が少なからずいるはずです。まぁ~偉い先生の言葉や文章は、それだけ影響力があるという事です。

「代替医療を疑え」って言葉に、どこぞの国の大統領が、なぜ大勢の難民が国境を越えて来るのか?…など歴史的背景を検証せずに「国境に壁を作る」って言いだしたのと同じような多様性の低さを感じるんですよねぇ~。

エビデンス(科学的根拠)がある・ない問題に関しては、以前、ブログに長々と書いてるので割愛します。
興味がある方はコチラをどうぞ → 「諸説ございます…(苦笑)2019年2月21日」

西洋医学とか東洋医学とか現代医学とか代替医療とか、医療をカテゴリー分けしている背景には、優位性を示す覇権争いというか…エゴの塊がそうさせてるような気がするんですが、なぜ互いに罵りあったりするかねぇ~?

「医療という括りの中に色々な治療方法があって然るべき。」…という考え方は出来ないものでしょうか?これって、まるで 「関西風お好み焼き vs 広島風お好み焼き」の言い合いを見ているようで、笑けてしまいます。関西風だろうが広島風だろうが、どっちが元祖かなんてどうでもいい話で、要は美味いしければ、どっちでもいいはずなんですよねぇ~。

まぁ~これも負け犬の遠吠えにしか聞こえないかもしれませんが、白黒ハッキリ付けたがる欧米的な思考が幅を効かせてる昨今ですが、灰色っていう色もあるんだし、グラデーションも存在するという多様的思考で物事に取り組まないと、これからはダメだと思うんですけどねぇ~。

諸説ございます…(苦笑)

福岡,鍼灸,エビデンス,科学的根拠

昨夜の 『ためしてガッテン』 で鍼治療を取り上げてましたねぇ~。
はりきゅうふくたのHPの閲覧数が昨夜の8時頃に急激に上昇していたのはこのせいでしょう。(別に僕が出演していたわけじゃ無いのに…TVの影響力って凄いなぁ~)

僕も録画してこの番組を見たんですが、鍼の治療を受けた事が無い人や、鍼治療に不信感をいだいている人達へ、鍼治療を紹介する内容としてはイイ感じで紹介されていたと思います。(ただ…経絡敏感人の経絡上に反応が出たっていう中国の写真は…、ありゃ~刮痧の痕っぽいなぁ~…(苦笑))

まぁ~ど~してもプロ目線とでも言いますか…、鍼灸に携わってる者としては 「それだけじゃないんだけどね…」 とか 「んっ???」 って言いたくなる場面もいくつかありましたが、鍼灸の場合、全ての論調に「諸説ございます。」という文言が付くのも事実です。

番組の中で ”エビデンス(科学的根拠)” について少し解説していたシーンがありましたが、現代医学(近代医学)が今の形式になって発達し始めたのが19世紀後半と言われています。だからここ200年の間に 「あ~でもない!こ~でもない!数値化すべきだ!画像診断が必要だ!エビデンスがないと信じれない!…etc」 と現代医学の土俵を作り上げてきて 「この現代医学の土俵の上にあるものが医学であり医療なのだぁ~!」 と声高に主張する一方で歴史的背景もあいまって 「この現代医学の土俵にないものは医学や医療じゃないからね!」 というような流れになっている中で、なんとか鍼灸もこの現代医学の土俵に残ろうと必死にしがみついている構図が最近の鍼灸を取り巻く環境なんですよねぇ~。

でも…基本的に鍼灸とか東洋医学的な治療は、現代医学(近代医学)が構築される以前に、すでに作られ運用されていた医学ですから、それに数値化を求めたり、エビデンス(科学的根拠)を求めたりすること自体が間違っていると思うんです。確かに科学は進歩してますからエビデンスを求めたり、数値化する事は科学の力をもってすれば容易い事のように思えるかも知れませんが、森羅万象、科学で解き明かせない事は山のようにありますし、科学の進歩を望みながらも、一方で科学は万能ではないという事を頭の片隅に留め置くべきだと思うんですよねぇ。

所謂、東洋医学と現代医学(近代医学)は土俵が違うと思うんです。東洋医学的思考や鍼灸治療は2000年だか3000年だか知りませんけど、長い年月をかけて色々な人が試行錯誤し構築してきた医学なので諸説あって当たり前ですし、結果(治療効果)が出ているから2000年…3000年と連綿と受け継がれてきているわけで、デタラメな医学ならば淘汰されているはずです。

東洋医学的思考や鍼治療に数値化やエビデンス(科学的根拠)を求める事はボクサーに相撲のルールで相撲取りと戦え!と言うような異種格闘技的な側面が強いと思います。

「なぜ効くのかわからないから怪しい…」…と言う人がいたり、番組の冒頭で「捻挫に鍼を刺しただけで治ると思いますか?」と街頭インタビューされた人が言ってましたが 「結果的に治ってるならだ、それでいいじゃない。」 …って思うんですよねぇ~。昨日のブログにも書きましたが、最近の風潮として白黒付けたがる考え方が幅をきかしている感じですが、全てにグラデーションは存在する事を認識したうえで、物事を考える事ができたなら 「現代医学も良いし、東洋医学も良いし、鍼灸もいいよね!」 という思考になれると思うんですけどねぇ~。

対処療法

本治法,標治法

” 対処療法”って、なんかその場しのぎ的な感じで使われる事が多いように思えます。
学会や討論会などでも、根本的な治療を良しとし、対処療法はあくまでも対処療法…というような感じで、どちらかというと対処療法を軽視しているように思えることもしばしば…。

東洋医学では本治法と標治法という言葉が使われていて、「本治法=病の根本を治す治療」「標治法=表に出てきている症状のみを取る治療」というようなニュアンスで使われ、標治法を軽視する風潮があるように思えます。

ここで考えないといけないのは、病には”程度”があるという事なんですよねぇ~。

身体の治癒力で治る不調なら対処療法・標治法で十分治りますし、身体の治癒力が低下している場合は根本的な原因を探る治療法・本治法を施す必要があります。

僕自身は本治法だろうが標治法だろうが、根本的だろうが対処法だろうが、全ては治療の範疇なので分類すること自体がナンセンスだと思っているんですけどね!

例えば…痰を出す咳は止めるべきではないけれど、咳が続けば、首が凝ったりします。身体の治癒力が働き、病が癒えて痰が出なくなれば咳は止まりますから、凝った首を鍼灸治療で治す事は、十分、重要な対処療法なんですよねぇ!

治るスピード

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身体が治癒する過程は普遍的なものだと思うんですよね!患者さん自身の体力、治癒力が高い場合は治療に即効性を感じる事が出来るでしょうし、患者さんの身体が疲労困憊している場合は、治るんだけど即効性を感じるのは難しいので、ゆっくりしたスピードで治っていく。治る過程は同じなんだけど、人によって治るスピードが違うんですよね!

鍼灸治療を受け馴れている患者さんは、身体の仕組みを理解されている方が多いので、即効性を求められる事は無いんですが、始めて鍼灸治療を受けられる方は、往々にして鍼灸治療に対して即効性を求められる事が多いんですよねぇ~。

僕らは治療をしながら患者さんの症状に合わせて、分かりやすいように例え話を織り込みながら身体が治っていく過程を説明したりするんですが、説明もクドすぎると、聞く側の患者さんとしては「何だか言いくるめられている気がする…」とか「騙されているかも…」なんて気持ちにもなるでしょう。

適切な言葉で身体の仕組みを説明しながら、治療効果を少しでも感じてもらうようにする。…これが一番ベストだとは思うんですが、どうしても初めて鍼灸治療を受けられる患者さんは「この痛みを早く取って欲しい!」「今、こんなに辛いんだ!何とかしてくれ!」という気持ちが強いので、即効性を求めてしまう。…そこで僕ら治療者が「患者さんの気持ちに何とか答えてあげたい!」と焦って治療効果を出そうとすると、必要以上の刺激を与えてしまったりして、所謂、ドーゼと呼ばれる、揉み返しのような状態になり、初めての患者さんはビックリして「もう2度と鍼灸治療なんて受けたくない!」ってなっちゃうんですよねぇ~。鍼灸師なら誰しも経験はあると思うけど、これって免許取り立ての鍼灸師がやらかしてしまいがちのミスではあるんですよ…。

僕が考えるに、どんなに焦っても…、治療者の腕がどんなに良くても…、身体が治っていく過程のスピードが早まるなんて無理だと思います。腕が良いという事は、患者さんの身体の状態を見極めて、最大限に患者さんの身体のポテンシャルを引き上げる事が出来る事を言うのであって、治るスピードを速める事では無いと思うんですよねぇ~。