【福岡市の鍼灸院】はりきゅう ふくた|福岡 早良区|腰痛・肩こり・四十肩・五十肩・頭痛・坐骨神経痛・めまい・耳鳴り・難聴・胃食道逆流症・胸やけ・逆流性食道炎・ギックリ腰・顔面神経麻痺・寝違え・逆子のお灸治療・刺絡

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福岡県福岡市早良区野芥6丁目1-4

05月

人の業

ゴールデンウイーク明けから日が経つのが早いこと!早いこと!
もう来週は6月なんですね!

先週、地上波で放送されていた『かぐや姫の物語』を録画していたので、昨日、見たんですが、「人の業」とでも言いますか…な~んとも言えない雰囲気を醸し出してる良い映画でした。

高畑作品の中で『火垂るの墓』は見るに忍びなくて、あまり見たくない映画なんだけど、『かぐや姫の物語』は好きな作品です。でも、この映画は酸いも苦いも経験した大人の心に浸み入る感じの映画だから、子供には良さが分からないだろうなぁ~。上映当時の興行収入が低かったのは、その現れでしょう。でも、とってもいい大人の為のアニメ映画だと思います。

映画の中で出てくる、このキャラ…オアシズの光浦さんに見えてきた…(笑)

気持ちと、痛みと、老化と、鍼灸治療について、つらつらと…曰う

気持ちと体…。

「あなたは気持ちが若いからぁ~!」…なんて、ちょっとお世辞がてら言ってる人を見かけたりします。

世代によって違うとは思いますが、大よその人は気持ちの方が実年齢より10歳…もしくは15歳くらい若いんじゃないでしょうか?(働き盛りの人が「若い者には負けられん!」…なんて言ってるのをよく耳にします。)

40歳~50歳くらいの頃に「あれ?気分的にはまだ若いつもりなのに…体がついていかないな…」…と感じるようになり、「そろそろ生活を変えないといけないなぁ~」って思うようになる。

60歳~70歳くらいになると、リアルに”老化”を体感し始めるので、老いや痛みと闘わなければいけなくなり、気持ちを若く持つ事よりも、今の自分の体の状態を把握して、いかにやり過ごすかが課題になっていきますが、どうしても若かった頃の体調を基準として、老いた自分の体調を比較してしまうものだから、「痛みなどを感じることなく…、また、体の不調を訴える事もなく過ごしたい。…できれば、お手軽に…。」…と思うようになる。

「痛みなどを感じることなく…、体の不調を訴える事もなく過ごしたい。」っていうのは誰しも願う事でしょうし、生活する上ではとても大事な事なんですが、曲者なのが「…できれば、お手軽に…。(苦笑)」という考え方なんですよねぇ~。

お手軽に痛みや体調不良を無くそうとする選択肢として一番最初に頭に浮かぶのが『薬』じゃないでしょうか?…確かに現代医学の薬は切れ味鋭い感じで効きが良いものも多いので、薬によって痛みや体調不良からオサラバ出来る事もありますが、薬は切れ味がいいぶん諸刃の剣的な要素も持ち合わせているので、老化や体調不良の度合いが高まって、今まで効いてた薬が効かなくなると、もっと効く薬(強い薬)…を必要とするようになるんですが、その場合、強い薬になればなるほど副作用の危険も高まってくると言う事は周知のことです。

何を言いたいかと言うと、…「ある程度のところで、手打ちをしておさめる。」という事も必要だと思うんです。

「歳をとるという事は痛いという事なんだ。」「歳をとるという事は体調不良を起こしやすいという事なんだ。」という事を前提に、痛みはゼロにはならないけれど、100%だった痛みが20%まで下がった事で良しとしよう。残り20%の痛みは不安要素だけれども、痛みがゼロになると、また体に無理を強いる事になるから、20%の不安要素をリミッターとして扱う事で、体の健康状態を維持するように心がける。…これって重要なポイントだと思うんです。

鍼灸治療は体が持ち合わせている免疫力や自己治癒力を引き上げるというか…、体のポテンシャルをサポートする治療法なので、それぞれ個々の患者さんの体に合った治療法を選択して痛みを取っていきますが、100%だった痛みが20%まで下がった段階で、無理矢理、残りの痛みを取ることせずに、自然に治っていくのを見守ったりします。最終的には鍼とか灸じゃなくて『体が治す』機会を与えるとでも言いますか…「そこから先は患者さん自身の努力で治して下さい…。」って感じです。数回の鍼灸治療が功を奏して体調が良くなると自然と残りの20%は治ったりするものですが、老化が進んだり、若くても体に無理を強いてる人だと、この残り20%の痛みがなかなか取れないモノなんですよねぇ~。

近頃は高齢化社会に伴い「元気な老人」…「元気で長生き」…という感じの言葉がメディアに出回り、テレビのCMなどでは、いかにも痛みや体調不良をゼロにしてしまうかのような薬の宣伝が多いので、「全てをリセット出来る…。…痛みは取り除けるもの…」と思い込んでいる人が増えているように感じるんですが、どうあがいても、本当の意味での老化を止める事は出来ませんし、”老化” と ”痛み” は一対(ニコイチ…とでも言いますか…)なので、齢を重ねれば重ねるほど痛みだけを取り除くことは出来なくなるものなんです。

そこを踏まえた上で日常生活を過ごしていないと、あの病院に行っても治らない…この鍼灸院に行っても治らない…。…と、残り20%の痛みをゼロにするために、西へ東へ治療院や病院を駆けずり回り、医療への失望感と疲労で、また痛みがぶり返し、体調を崩してしまってる方に時々ですが、お目にかかる事があります。

以前は今のように核家族状態ではなく、3世代の大家族で生活してましたから、子供の頃から老いることを家の中で目の当たりにしていたので、こういう事は考えなくてもよかったのかも知れませんが、現代では「歳を取ると言う事はどういう事か?…。人が老いると言う事はどういうことなのか?」…という事を40歳後半くらいから少しずつ考え始めて、60歳以降に本当の老化に直面した時の心構えをしっかり構築しておく必要があるんじゃないでしょうかねぇ~。

なにか対策を考えねば…

先日、11時と12時の患者さんの連続キャンセルがあったので、天気もイイし、久々に運動がてら治療院のチラシのポスティングしに行ってみるべ!…と、梅林の方に行ったんですが、気温30度のこの天気、お天道様を背にしつつのポスティングは1時間が限界ですな!しかも長袖のTシャツを着ていたため、サウナスーツでも着ているかのような汗…汗…汗!! あっ!この時期は帽子も必要だと今更ながら思いました。
この時期から夏に向けてのポスティングはちょっとハードですな!なにか対策を考えねば…。

春と秋の定例行事

エアコンを、よく使うのは、やはり夏と冬ですよねぇ…。
普通の部屋だと掃除機でホコリを取ったり、雑巾がけする程度でいいんでしょうが、治療室の場合、灸頭鍼や棒灸を使うから、お灸の煙でエアコンの汚れが尋常じゃないんですゎ!いつも空気清浄機を2台フル稼働したり、灸頭鍼や棒灸を使う時は窓を開けて換気を心がけてはいるものの、エアコンの汚れは如何ともしがたい感じです。見た目は綺麗でもフィンの部分やファンの部分を洗浄剤や水を使い、圧縮ポンプで洗浄すると、黒い液体がドバァ~とバケツにたまり、ギョッ!. w|;゚ロ゚|w としてしまう反面、「汚れが取れた!取れた!ウッシッシ…(o゚▽゚)o」と、綺麗になった事に喜びを感じてワクワクしてたりもします…(苦笑)

エアコン周りをビニールシートで覆ったり、色々と手間がかかる作業なんですが、衛生面を考えると絶対にやらなきゃいけない作業ですからねぇ~。夏への準備が一つ終わりました。

今、ハマってます♪

最近、1970年代~1980年代の日本のポップスやニューミュージックや歌謡曲を聴きながら、その歌の歌詞に描かれてる背景を想像するって事にハマってるんです。小学生の頃から高校生の頃に聴いてた曲が主なんですが、結構オモシロいんですよねぇ~。

きっかけは…何気なくなんですが…「そう言えば高校生の頃に松原みきさんのライヴに行って、初めてLAポップスっぽい曲調にメッチャ感動して、松原みきさんのポスターを部屋に貼ってたっけなぁ~。♪Stay with me♪…や ♪ニートな午後3時♪ を久しぶりに聴いてみたいなぁ~」って思ってYoutubeで検索して聴いてみると、当時は歌詞の事は二の次…三の次で、アレンジや曲調や歌声を中心に聴いてた感じがしてたんだけど、今、聴くと、この歌詞の男女の関係性や女心を垣間見れる感じで色々と妄想が膨らみます…(妄想族…(笑))

今、流行ってる歌には無い良さを再発見できますよ♪  70年代~80年代の日本のポップスの歌詞を味わう…とでもいいますか…、同世代の方はもちろん、僕より若い方も、今の歌には無い新鮮さが感じ取れるかも知れませんよ!

チャレンジする姿勢

やろうともせずに「出来ない」と言う人達がいます…。

すぐに出来るなんて、だれも期待してないし、出来なかった事が出来るようになる喜びや楽しみってあると思うんですが、やろうともせずに「出来ない」と言う。…これって出来ないんじゃなくて「やりたくない…」という気持ちの表れだと僕は思うんです。

じゃあ~なんで「やりたくない…」のかと言うと、多分、「失敗を恐れているから」だと思うんですよ。
失敗したくない…。失敗してブザマな自分を見たくないし、人にブザマな姿を見せたくも無い…。
だから失敗しないような無難な選択肢を選ぶし、出来ないと思ったら手を出さずにやり過ごすか、…もしくは周りの人達を「出来ない」という一点張りの意見で自分のペースに巻き込んで、全てを無難なものに仕上げてしまう。この場合、確実に個性がないモノが出来上がります。

…それも、個人的な生き方としてはアリなんだろうとは思うんですが…。

こと…、何かを集団で作り上げようとする時とか、みんなで何かを一緒にやろうとする時に、失敗を恐れている人とタッグを組んでも、良いものは生まれないと、僕は思うんですよね!

「本気の失敗には価値がある…」って言ってたのは漫画 『宇宙兄弟』 のムッタでしたが、要は本気か?本気じゃないか?…物事への取り組む姿勢が問題になるわけで…、現時点で出来るか?出来ないか?…ではなくて、本気で取り組んでいるのか?適当に取り組んでるのか?…そこがポイントなんじゃないかな?

まぁ~何に於いても「出来ない」と言う前に、まずはブザマだろうが何だろうが…、「チャレンジする姿勢」って大事だと思うんですよねぇ~。

最近、TVを見ていて思うんですが…

いやぁ~…西城秀樹さん…亡くなっちゃいましたね…。
僕が鍼灸師になる前、ラジオ番組を作る仕事をしていたんですが、その時に何かのキャンペーンで福岡に来られた時に1度だけ、コメント録りをしたことがあるんですよね…。98年…もしくは99年の頃だったと思うんですが、昔からTVで見ていたヒデキがそこにいる!って感じで、めっちゃカッコ良かったんですよねぇ~。そんでもってスタジオに入る時も、収録が終わってスタジオから出る時も、下っ端スタッフの僕らに対しても一礼を欠かさず、挨拶されていたのを思い出します。”一流”ってこういう人の事を言うんだろうなぁ~って当時、思った事を思い出しますね。

最近、TVを見ていて思うんですが、CMで自社番組の番宣ばかり流れてる事って多いと思いませんか?CMってスポンサーの宣伝枠なわけだから、いろいろとスポンサーのコマーシャルが流れて然るべしなんですが、自社番組の番宣を流しているって事はスポンサーが付いてないって事なんじゃない???
NHKは別として、民放でこの流れってTV離れがあらわになってるって事なのかねぇ~。
TV好きとしては「このままじゃダメなんじゃない?大丈夫???」って心配になっちゃいます…。

ガラスの御猪口で我想う…

暑くなったから、涼しげな御猪口で冷酒をグビ!

…このガラスの御猪口は、なん年前だったかなぁ~…献血に行った時に、トータルで20回だったか30回、献血に通った記念品としてもらったモノなんですが、先日、久々に献血に行ったら、以前、もらえてた歯磨き粉や、その他諸々のチョットしたモノも貰えないシステムに変わってました。

なんでも「売血と同じじゃないかぁ!?」という意見で記念品を渡すのをやめたらしんですが、ホントは経費削減なのかもしれませんなぁ~。別に記念品をもらうために献血に行くわけではないんですが、…なんか心がギスギスしちゃってる感じがして寂しいなぁ~。

人から何かをもらったら、何かでお返しをする…。って言うのは日本人の心情というか、社会を円満に構成するための知恵みたいなものだと思うんですが、そこを無視しちゃってる感じが嫌だなぁ~。

僕なんか、このガラスの御猪口で酒を飲む度に「あっ!そろそろ献血に行かなきゃ…」って思うぶん、宣伝効果としては記念品の効力って大きいと思うんですよねぇ~。

絵本♪

今朝、植物に水やりをしていたら早速、蚊に刺されました。今年、初刺され…。(痒)

話は変わって…

この絵本…、死んだおじいちゃんの部屋から見つけたノートを見た孫が、ノートに書いてあった、おじいちゃんが考えていた、何となく楽しそうな死後の世界を想像しつつ死ぬこと…生きる事を少し考える…。そんな絵本。

いやぁ~~この絵本…いいわぁ~~~!

これ、先日、本屋さんで立ち読みしたんですが、もう1度読みたくなったので、Amazonでポチってしまいました。
治療院の待合室に置いておきますね!

BO・YA・KI

生きてりゃぁ~ボヤキたくなる時もありますわなぁ~。

人の心と言うか…意識というか…相手の気持ちを動かすのって、なかなか出来ないものだなぁ~って思う出来事に出くわしまして…。まぁ~そもそも、人の心を動かそうとすること自体が、傲慢でおこがましい事なのかも知れませんが…(苦笑)

同じ言葉や話でも、尊敬する人…もしくは自分より格上の人から聞くのと、自分と同等…もしくは格下の人から聞くのとでは、聞き手の心情の違いが生じるのは明らかですよねぇ~。前者の場合は「あぁ~そうなんだ!」と納得して聞き入れる確率が高いんでしょうが、後者の場合は「何を偉そうに!」…とか、「あなたの言う通りには動かない!」…と感情的な思考になり意見がぶつかり合う確率が高いように思えます。

まぁ~井の中の蛙が、井の中で、どんなに正論や理屈をほざいても、誰も耳を傾けないのは世の常ですから、この結果は当然と言えば、当然の事なのかもしれません。僕に輝かしい過去の栄光みたいなモノでもあれば話は変わってくるんでしょうが、そんなものは持ち合わせてませんしねぇ~…(苦笑) 容認できない己の許容範囲の狭さと、簡単に相手の口から「出来ません!」と言わせてしまう自分の影響力の無さを痛感しました。…まさに不徳の致すところ…ですゎ!

もう…このあと僕に出来る事と言えば…今の自分の判断を信じる事しか出来ないなぁ~。まぁ~結果は、後からついてくるって言いますし、高望みせず、少しずつ自分の実力をつける事に専念したいと思いまする。