はりきゅうふくた 丁寧な治療を心がけてます(鍼灸院/福岡市早良区)

   お灸と鍼で病気を治す   

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健康

病気になる確率

病気になる確率

病気と言っても、自分自身の生活パターンや疲労の蓄積が原因で起こるモノもあれば、遺伝的なものだったり、突発性な変異で起こるモノだったりと、いろいろな種類があると思うんです。

遺伝的なものや突発的な変異で起こる病気は、自分自身でどうこう出来るものではないと思うので、今回の話しからは除外しますね…。

生活パターンや疲労の蓄積が原因で起こる病気や体調不良の諸症状って、一つの原因で起こるものでは無いんですよねぇ~。ある程度の条件が揃って体調不良が起こると考えていいと思うんです。

今、コロナで騒がれているウィルスも、動物実験では100万個のウイルスで確実に感染させて、ウィルスの増殖がどうなるかを観察するらしいんですよね!先日ラジオに出演されていたウイルス学者の先生が、ウイルスの種類にもよるけど1万個くらい浴びれば感染する確率は高くなると言っていました。(1万個のウィルスって、感染した人のクシャミを吸い込む感じ…って言われてましたね!)

ウイルスの感染は数の原理なので、条件が揃えば感染するというもので、条件が揃わないようにすればいいという事なんですよ! 水で洗い流すだけで100分の1くらいなるので、クシャミを浴びて1万個のウイルスを浴びたとしても水で流せば身体に付着するウイルスは100個になるわけで、感染を防ぐことが出来る…という感じらしいんです。

生活パターンや疲労の蓄積が原因で起こる病気も、いくつかの条件が揃うことで成立すると考えるなら、条件が揃わないような生活を心がければいいわけですよね!

「健康でいなければ!」…とか、「健康にならなければ!」…って考えると、運動したり、食生活の改善をしたり、生活パターンを変える事を強要されがちで、最初は意気込んで改善しようとするんだけど、途中で息が詰まってしまいそうになり、挫折してしまうと思うんですが、条件が揃わないようにすればいいのであれば、何か一つだけを変化させれば病気になる確率が減るという事なですよぉ~。

例えば…

睡眠不足な生活をしていて、大食漢で、脂っこいモノばかり食べ、毎晩飲み歩き、運動もせず、休日返上でハードな仕事をしている。って聞くと「あぁ~これじゃ~病気になっても不思議じゃないよね!」って誰でも思うと思います。悪いモノを全て改善するに越したことは無いんでしょうが、どれか1つだけでも改善できたなら数%発病する確率は下がると思うんですよね!

騙し騙しではあるんだけれど、これって生活パターンや疲労の蓄積が原因で起こる病気を防ぐ大切な事だと思うんです。

ただ、人は歳を取りますから、年齢を重ねれば病気になる条件が少なくても発症しやすくなるという事は頭の片隅にとどめておく必要はあると思うんです。(※例えば…20歳代なら運動不足や睡眠不足などなどの条件が10個揃わないと発病しないとするならば、50歳代は5個の条件が揃えば発病する…そんな感じです。)

病には程度があるっていう事を、このブログによく書いていますが、病気になる条件を一つ外す努力をすれば病気になる確率は低くなると思うんですよねぇ~。

鍼灸治療と対話

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昨夜、Eテレを見ていたら『ハートネットTV』という番組で、~コロナの向こう側~ というのをやってたんですよ!精神科医の先生が色々と話されていたんですが、凄く共感できたのがソーシャルディスタンスとマスクの事…。

この先生、曰く、「ソーシャルディスタンスやマスクの着用は医学的配慮であったはずなのに、いつの間にかマスクを付けることや、人と距離を取る事が道徳的な規範となり「正義」にすり替わってしまい、社会がギスギスしてしまって、正義に従わないと、みんなで攻撃するようになる…」

そう言えば、一昨日だったかTVのワイドショーで大阪だったかな?バスの中でソーシャルディスタンスを守らないと小競り合いがあってましたし、数ヶ月前にはウチの近所の地下鉄七隈線でもマスクをしてない人を大声で責め立てるって事がありましたねぇ~。

埃っぽい所に入ったり、鼻炎をもっている人は、不意に咳き込んだりクシャミをすることがあるかとは思いますが、普通に黙っていれば飛沫は飛ぶことはありませんしね!マスクをしていないからって、大声で責め立てる必要はないはずなんですよね!

それと…

先生曰く…「引きこもり生活が長引くと、人の意識や考え方が狭くなり、幼稚化して考え方が0か100かという極端な発想(白黒思考)になる…」…らしいんですよ。

なるほどなぁ~…だからマスクをしていない人を見つけたり、ソーシャルディスタンスを守らない人を見つけたりすると、必要以上に攻撃するね!

あっ!あと…不要不急の重要性についても話されてました。

先生曰く「対話が必要…」とのこと。
会話は合意を目指し結論を出すことを目的とするものらしんですが、対話は議論や説得やアドバイスを抜きで言葉を交わす事なんだそうです。この話を聞いていて感じたんですが、これって鍼灸治療に来られる患者さんとの言葉のやり取りでも重要な事だと思うんです。説得やアドバイスは、どんなに正しい事を言ったとしても相手の主体性や自発性を抑圧してしまうらしいんですよね!

再三再四、このブログに書いてますが、僕ら鍼灸師は鍼とお灸を使って、身体に備わっている自己治癒力を手助けする事で病気を治しています。ここで重要なポイントは患者さん自身が病気を治す為に自発性…、及び主体性をもって生活習慣を変える必要があるって事なんですよね!

僕ら鍼灸師が治療中にどんなに良いアドバイスをして生活習慣を変えるように説得しても、結論を出す事を目的とする会話のみで終わってしまえば、患者さんの主体性や自発性を抑圧してしまうという事になる。

鍼灸治療の合間に必要なのは会話ではなく対話なんでしょうねぇ~。

この精神科医の先生が仰るには対話は出来るだけ中身がなく、くだらない…不要不急な、ノンキなお喋り…。なんだそうです。

なるほど!なるほど!…。やっぱ、ここ数ヶ月、日本中…いやいや、世界中で対話が不足してるんでしょうね。

雑草取りと免疫力のバランス

気温が乱高下する昨今ですが、昨夜から朝にかけて福岡は結構寒かったので、お布団の中が暖かく、今朝は後ろ髪を引かれる思いで起きましたが、ここのところ、コロナ自粛で身体を動かしていない人も多いでしょうし、ちょっとした寒さで、背中や肩や首の筋肉がガチッ!と固くなったりする人も多いんじゃないでしょうか?

それを防ぐには寒さを感じたら、薄着は避けて暖かい服装を心がける事と、自宅で出来る事と言えば、お風呂に浸かって身体を温める事しかないんですが、それでもダメなら我慢せずに、すぐに鍼灸院で治療を受けて下さいね!そうした方が早く治りますよ!

「5月も後半になろうとしてるのに寒いなぁ~」なんて思う昨今ですが、季節の変化は植物を見ていると季節の変化はあきらかですよね!若葉は綺麗だし色々な植物に花が咲き始めてるし…。

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先日の11日に植えた茗荷の根なんですが、今週の月曜日には幼虫のような芽が出てきて、昨日には立派に葉っぱが生えてきました。別の鉢に蒔いたパクチーもいっぱい芽が出てきましたし、水やりが楽しくなりますね!

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でも、一方では1ヶ月前に綺麗に草取りしたはずなのに、この季節は雑草もいっぱい生えてくるので、目に付いたモノは抜くようにしてますが、雑草は取っても取っても生えてきます。毎回思う事なんですが、雑草取りをしながら、身体の中の免疫の仕事って雑草取りしているようなモノなんだろうなぁ~って思うんですよねぇ~。

そんなに面倒くさければ「除草剤をまけばいいじゃん!」って思う人もいるかも知れませんが、除草剤をまいちゃうと植えたい植物とか野菜は育たなくなりますし、育ったったとしても身体に影響がありそうな土壌で出来た野菜は食べたくないですよねぇ~。体調が悪くなった場合、必要範囲内での薬は日常生活を送るのに必要なものですが、強い薬を使うような状況…、もしくは、不安だからと言う事だけで飲む薬などは、身体にとって除草剤のようなモノなので、リスクが大きくなる事を理解しておかないと「薬を飲めば治る!」と、たかをくくって日常生活を送っていると、体調が悪くなった時に痛い目を見ることになりかねないんですよね!

だから「出来るだけ除草剤を使わず草取りをする」事は「規則正しい日常の生活を送る事で免疫のバランスを整える」という事と同じだな…って思うわけなんですよねぇ~。

病気には程度というものがある

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僕らは現代人ですから、普通の環境で育つと基本的に西洋医学・現代医学の考え方で育ちます。子供でも「心臓は血液を送り出すところ…」「胃は食べたモノを消化するところ…」という感じで解剖学的な事柄は色々な情報を得て知っていますし、その臓器の働きが悪くなると病気になると言う事も現代医学・西洋医学の基礎中の基礎として誰でも知っています。

でも、僕らに一つ欠けている事柄があるとしたら「病には程度というものがある」という考え方だと思うんですよね…。

「病気には程度というものがある」…と、頭では理解していても病名を聞くと、どうしても病気に関しての知識に引きずられるとでも言いますか…、病名を中心に物事を考えてしまいがちになり「病には程度というものがある」という事はどこえやら…。そういう考えは消えてしまうみたいです。

確かに現代医学は進歩しているので病気の判断基準がハッキリしているモノや、遺伝子解析で判断できるモノも増えてはいますが、判断基準が曖昧な病気も多いし、なかには診断はついて病名も判明するんですが、治療方法が無いというような病気も多いですよぉ~。

僕が鍼灸師になる前…、東洋医学とか鍼灸治療の事を勉強する前までは「今の現代医学は、随分進歩してるんだから、治せない病気なんて、もう少ないんだろなぁ~」なんて思ってましたが、この仕事をやり始めて今の医学の現状を知ると、治せない病気の方が多いんですよねぇ~。

まぁ~江戸時代や明治時代に比べると治せる病気は増えてますが、今でも治せない病気があるのは事実です。

チョット話が脱線しました…
「病気には程度というものがある」…ですが、

例えば癌という病気があります。癌という病名を聞くとラスボス(ゲームでいう最終的な局面で出てくる強いボスキャラ)が出てきたイメージが強いので、病気に関しての知識に引きずられ、病名を中心に物事を考えてしまうと思うんです。(※注意:僕は鍼灸治療で癌が治るとは思ってませんし、鍼灸治療で癌が治るという話ではありません。)

ただ、病気には程度というものがある訳ですから、癌にも軽いモノもあれば重い物もある…、弱いモノもあれば強いモノもある…。と考えます。時々本屋さんで「絶食したら癌が消えた…」とか「湯治に行ったら癌が治った…」といような本を見かけますが、癌専門のお医者さん曰く「あれは癌ではなく、癌もどきだ!治療しなくても治る良性の腫瘍を誤診しただけの話…」と言われたりもしますが、誤診された側にとっては迷惑な話だと思うんですよねぇ~。

「風邪」って、病名を聞いたら軽い病気のイメージを持ちがちですが、こじらせて肺炎でも併発したら命に関わる事になりますし、昔から風邪は万病の元と言われるように、風邪が元で色々な病気になりかねないモノでもあるので、風邪を軽く考えるのもどうかと…思うんです。

このブログで再三再四、言ってますが…
「病には程度がある…」

風邪にも重いモノもあれば軽いモノもあり、癌にも重いモノもあれば軽いモノもある。
共通して言える事は、軽いモノは比較的に身体の自己治癒力で治ると言う事なんですよねぇ~。

健康な人の身体でも癌細胞は1日に5000個くらい出来ているんですが、免疫細胞が癌細胞を攻撃してくれるので癌を発症せずに生活出来ているという事を考えれば、病気の知識や病名で物事を考える前に、病には程度があるものなんだから、もしも病気を患って病名を告げられても、この病気は、どの程度のものなのか?三段階に分けるとするならば、重いのか?軽いのか?中間くらいなのか?…という思考を巡らせた方がいいように思えるんですよねぇ!

これは患者さんへのアドバイスでもありますが、鍼灸師もこの考え方を持つべきだと思うんです。

僕の勝手な思い込みかも知れませんが、鍼灸治療の場合は…身体の治癒力を手助けする治療なので、病名は関係なく、病の程度で言うと「軽~中の中」くらいの病が守備範囲のような気がしますし、漢方薬は「~中の下」くらいが守備範囲のような気がします。重い病に関しては、やはり現代医学の方が優れているとは思いますが、優れているとは言っても、治せない病気も山のようにあるのが現実です。

そう考えると、やはり自分の身体に備わっている自己治癒力で治せる内に治しておいた方が得策だと思うんですよねぇ~。その自己治癒力を手助けする鍼灸治療は、やはり重要な役割を担っている治療法だと思うんです。

水道水のカルキ臭

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今まで全く気にならなかったんですが、ここ最近、家の水道水の塩素の臭いが気になり始めたんです。

気になったんで水道局に問い合わせてみたところ、福岡市の残留塩素の基準は0.3~0.5 mg/L らしいんですが、調べてもらったところ、ここ1~2週間のウチの近辺の浄水場のモニターによると「最低0.42 mg/Lで最高が0.47 mg/L で問題ない値だと思います…」…との事。

まぁ~福岡だけじゃないと思うんですけど水道水はダムや河川から浄水場に届いた原水の状態によって塩素の量を変えて水質を維持してるらしいんですね!

雨の降り方や気温や水温で水は変化するモノでしょうから、その都度、塩素の量を調整していることは理解できます。でも…基準内と言っても上限0.5 mg/L の基準値で0.47 mg/L って高いようにも思えますが、基準値内なので問題ないと言えば…問題ない。

よく…「そんなこと分かるの?」…と鼻で笑われますが、僕は調味料の”味の素”が苦手なんですよねぇ~。味の素が入っていると、食べた後に独特の感覚が舌に残るんです。…ハァ~ってするんですよ!ハァ~って…〆(´Д`ll)

「あれ?味の素の原料はサトウキビやトウモロコシで出来ていて天然由来なモノなんじゃない?化学調味料っていう言葉に騙されてるんじゃない?」って言われる事もありますが、僕が思うに精製されすぎているから違和感をより感じやすくなるんだと思うんですよね!雑味があり過ぎてもダメなんだけど、精製されすぎてもダメなんじゃないかな?

やはり適度に雑味も必要だと思うし、色々な味が混ざり合うから美味しいって感じると思うんです。
顆粒状のだしの素で作った味噌汁と、煮干しでダシを取って作った味噌汁の味の違いは誰でも分かるんじゃないかな?

確か、以前、読んだ藤田紘一郎さんの本に、水道水のカルキ臭が気になる場合は、夜、寝る前に大きな鍋に水を入れて蓋をせずに一晩、放置しておけば塩素は空気中に飛ぶので、朝、鍋に溜めた水をペットボトルや容器に入れて冷蔵庫で冷やしておけば、売られているミネラルウオーターと何ら変わらない水が飲めるって書いてあったので、蛇口からの水の塩素臭が気にならなくなるまで、一手間入れて水を飲むことにしようと思いまする…。. (^-^;)

普段、鍼より重い物を持った事がないもので…(苦笑)

昨日は春分の日で治療院は休みだったので、治療院の玄関先の雑草取り?…土の入れ替え?…土いじり?…土遊び?を1日中しておりました。

Before

そんなに広くもないのに1日かけても玄関先の左側しかできませんでしたよぉ~。

After

なんせ…、去年の夏は暑くて全くと言っていいほど、草取りしてなかったから土の表面にビッシリとペンペン草が根を張り、ただの雑草取りではラチがあかないので、スコップで土表面をこそぎ取り、こそぎ取った土を篩にかけて雑草と土を分別して、土を戻すという、庭師さんがするような作業だったので、結構な大仕事になりました。

普段は鍼より重い物を持つ事がない生活をしているもので… (^-^;) 同じ姿勢でズッ~と同じ動きをするものですから、この土の入れ替え作業はこたえました。右側の駐車スペースも、やらなきゃいけないけど、1日で仕上げようとせずに、ちょっとづつやっていこうかな…。

やはり、自然に任せておくと雑草だらけになるのと同じで、人間の身体も少しずつでも手入れしてやらないと、いざ!元に戻そうとしても戻らなかったり、戻るにしても大変な労力が必要になるから、日頃からストレッチや運動して、鍼灸治療で身体の手入れをする事って大事なんだよなぁ~…と、雑草取りの作業をしながら思った次第です。

ある程度の環境を整える

自粛疲れ

2016年に玄関先に植えたイワダレソウ…。
芝生みたいにグランドカバーのようになってる予定でしたが、2年ほどは広がってグランドカバー状態になってたんですが、4年経つと元気に育ってる場所があれば、そうでもなくペンペン草の方が幅をきかせている場所もあり、なかなか思い通りに育ってくれないものだなぁ~…と思いながら雑草取りをしてましたら、ある事に気がつきました。

イワダレソウが元気に育っている場所は土がサラサラしていて水はけが良い土壌で、イワダレソウに元気が無くペンペン草が生え放題の場所はどちらかと言えば土が粘土質な感じなんです。

そうか…イワダレソウは水はけが良い場所が好きなんだね!

確かに、植えた当初は芝用の砂をホームセンターで買ってきては、小まめに手入れしていたけど、去年は暑くてな~んにもしてなかったからなぁ~。

やはり自然任せも良いんですが、ある程度は人間が手を加えてやって環境を整えてやらないとダメだと思ったんですよ!

人間の身体も同じで、自然に任せて老いていくのは生き物として当然の事なんですが、ある程度、環境を整える事で健康でいられる時間も増えるはずなんですよね!

…と言う事は…。日頃から運動して、疲れたり背中や肩や首が痛くなりそうになる前に、定期的に鍼灸治療で身体の環境を整えてやる事って、植物にとっての土壌作りや環境作りと同じだとおもうんですよねぇ~。

近頃はコロナウイルスの影響で、お年寄りも寄り合いの場所がなくなり、運動不足で体調を崩し気味になっているみたいです。もしかしたら、今後、「自粛症候群…」…というような病名が生まれてカルテに「自粛症候群」ってお医者さんが書くようになるのかも…なんて思っちゃいますが、こんな時だからこそ身体の手入れは怠らないようにしましょうね!

お腹を整える。

明智光秀,レビー小体

昔の東洋医学や鍼灸関係の本を読んでいると、必ず「肚を整える…」というような事が書いてあります。

腹?…肚?

簡単に言えば「腹」は常用漢字で「肚」は常用漢字では無い…。ただそれだけの違いなんですが、肚は心の中の事も含んでいて、「色々あるが肚に収めて水に流す…」というような時に「肚」という漢字を使いますし、胃腸の事も「肚」なんですよねぇ~。

先日、友人が「TVでやってたんだけど明智光秀って、レビー小体型の認知症だったっていう仮説があるらしいよ!」と教えてくれて、「へぇ~」って思った事がありました。友人が言うには、信長が家康を招いた時に接待役の光秀が出した、なれ寿司の臭いに、あれだけ気配りに秀でた光秀が気づいてなかったとしたら、レビー小体型認知症特有の臭覚障害があったのでは?という事と、戦勝祈願をした神社で、おみくじを何度も引いた逸話は、視覚の空間認知障害があったのでは?…とか、チマキを包んである笹を外さずに食べた記録に関しては、脳の処理能力の低下なのでは?という話でした。

それと、光秀は本能寺の変を起こす6年前に「風痢」という、今で言うウイルス性の腸炎のような病を患い生死をさまよった事があるらしく、専門医の話だと、レビー小体は腸で形成され、腸から神経を上がって行って脊髄に入って、中枢に至る可能性が高いらしいんですゎ!

色々な状況証拠から推察するに、光秀はレビー小体型の認知症だったのでは?という話なんです。

なるほどなぁ~…

一昨年に義父がレビー小体型の認知症で亡くなったので、アルツハイマー型とレビー小体型の認知症の違いは知ってましたし、確かに…、義父の視覚の空間認知障害や、幻視や、脳の処理能力の低下していた姿を思い出すと、光秀がレビー小体型の認知症という仮説も頷けます。

しかし…レビー小体が腸で形成されている可能性が高いって事は知りませんでしたねぇ~。

昔のお医者さんは、こんな事までは知る術も無かったでしょうに、「肚を整える…」という事を基本に治療していた歴史をみると「凄いなぁ~」って思っちゃいます。

感謝!感謝!です。

感謝

今朝は寒くて治療室の温度が上がらず困っちゃいました。
天気予報では夜中に雪マークが付いていたので、朝は一面銀世界かもね…って思っていたんですが、全くそんな事も無く、寒い以外は普段と変わらない朝でした。

話は変わって…

ウチの治療院では電話がかかった時に、誰からかかってきた電話なのかを分かりやすくするため、来られた患者さんの名前を電話に登録してるんですが、なにぶん電話機が古く…、登録出来る人数が限られているので、1年以上来院されない患者さんの名前は削除してるんですよ。

先日、電話が鳴り、登録されていない番号だったので、てっきり新患さんかと思いきや、「初めての来院ですか?」というこちらからの問いに「いいえ…随分前に行った事があります。」といわれたので、カルテを探してみたら3年ぶりの来院でした。3年前に2回ほど、肩と首の痛みで来院されてましたが、今回は「急に腰が…」とのこと。

定期的に通って治療を受けて下さる患者さんもありがたいですが、こうやって思い出した時に「あっ!鍼灸治療をうけよう!」とウチの治療院を思い出してくれる患者さんもありがたいんですよねぇ~。

基本的に僕らの仕事は、治ってもらって健康に過ごしてもらうのが仕事です。でも病気や体調不良には”程度”というものがあり、数回の治療で治るものもあれば、長期にわたる治療を必要とするものもあるし、今の健康状態を維持する為のサポート的な治療もあるわけです。

まぁ~何にせよ、これだけ数多ある鍼灸治療院の中から、ウチの治療院を選んでくれる事に感謝…感謝ですし、僕も今以上に治療技術を上げなくちゃ!って思うんですよねぇ~。

「病は気づき」に近いものを感じる

反省させると犯罪者になります

先日、『反省させると犯罪者になります』という本を読んだんです。

本のタイトルって人目に付くような…、人を引きつけるようなタイトルを付けるのが常套手段なんですが、この本もその類いかな…と思いながらも手に取って、まえ書きを読んでみたんです。(もうこの時点で術中にハマってると言えばハマってるんですが…· (^-^;) …(苦笑))

読んでみると合点がいく事ばかり…

なんでも、反省はその場しのぎの手段としか認知されず、いくら反省文を書かせたところで、反省すべき本人は上辺だけの上手な反省文を書く術を身につけるだけで、まったく何の役にも立っていないどころか、反省させ続けると本人の危険度というか、やってはいけない事に対する閾値が低くなると同時に、自分を抑圧する事が常となるので、気持ちが爆発しやすくなり再犯率が高まるとの事でした。

本当にその時にやるべき事は、反省させる事ではなく、なぜそういう行動をしたのか?…と、自分の内面と向き合わせると同時に、自分の内面の問題と対峙させ、自らマインドを再構築させる事らしんですよねぇ~。

何となくですが…コレって「病は気づきである…」と似てるような気がするんです。

病気を発症している事に気がつくというのではなく、病気になる事で自らの生活習慣や、人に対する態度を改めるターニングポイントとして『病』がある…。というような感じで「病は気づきである」という言葉が使われるんですが、本来、病気を治す時に一番必要な事は、患者さん自身の「気づき」だったりするんですよねぇ~。

再三再四、このブログで書いてる事ですが、どの病気にも程度というものがあります。なので重い状態だった場合、患者さん自身が病により「気づき」を感じて生活習慣を改めても手遅れな場合もありますが、軽い状態の場合は「気づく」事で良い方向に向かう事が多いんですよね!

僕は常々、医療が体を治すのではなく、体が自らの病気を治そうとしているのであって医療はサポートしてるだけだと考えています。なので病気を治す為には「気づき」が、とても重要なポイントになるんですよね!

しかも…早めに「気づく」事が大切なんです。
東洋医学で「未病を治す」という言葉があります。まだ病気になっていない前段階で、病気になるのを防ぐという事なんですよね!

病気になっていない前段階って何???と思われるかも知れませんが、簡単に言えば、肩や首のコリや体の疲れが病気の前段階と考えていいので、コリを取ったり、ほぐしたり、疲れを取る事がとても大事なんですよ!

話はだいぶズレちゃったけど、反省文を書かせて反省させるという行為は「ただ薬を飲んで症状を取ればそれでいい…」というような考え方と同じような気がするんですよねぇ~。

やはり、なぜ病気になったのか? なぜ肩が痛いのか? なぜ胃が痛いのか?…と言うことを患者さん自身が考えて「気づく」事で身体のベクトルが治る方向に向くので、サポートしている医療の効果も高まるんだと思うんですよね。